日本産業保健法学会第1回学術大会(2021.9.23~24)テーマ「法知識を踏まえた問題解決を考える」―に参加して

日本産業保健法学会(「法の知見を基礎としつつ、関係分野(臨床医学、産業保健学、経営学、心理学、安全工学など)の知恵を統合することで、産業保健に係る問題を未然に防ぎ、生じた問題を適正に解決するための方策を探求する」2020年11月設立)第1回学術大会が、2021年9月23日~24日に開催され、Zoom参加した。

日本産業保健法学会の設立の経緯は、当学会のホームページによれば以下の通り述べられています。

いま産業保健の現場で多く生じている問題の解決は、個々の専門分野のみでは難しく、現場、個人と組織を見据えた学際的な対応が求められます。          

そのことを象徴する具体例として、近年生じた神奈川SR経営労務センター事件が挙げられます。

このケースでは、同種同根の問題から、既に4つの訴訟が提起されています。元は、社会保険労務士が運営する同センターが、おそらくは、その組織とあまり相性の良くない事務員を採用したこともあって、ハラスメント問題に発展し、事務員から訴訟が提起された後、センター側が一定金額を支払い、ハラスメント防止策をとること等を内容とする訴訟上の和解で終結しました(これは、訴訟実務上、センター側がハラスメントの存在を認めたのと同じような意味を持ちます)。

しかし、その後も対立関係は継続し、事務員は、和解条件が守られていないとして2次訴訟を起こし、その請求は認容されました。そのうちに、事務員は、うつ状態となりましたが、センターから休職命令を受けて療養し、臨床症状は改善したため、主治医の診断書を添えて復職を求めたところ、心療内科を臨床上の専門とするセンターの嘱託産業医は、性格・人格的な問題から復職不可との意見を述べ、センターも復職を拒否して休職期間満了による退職措置を講じたため、3次訴訟が起き、結局、退職措置は違法無効とされました。その後も、センターが給与を支払いつつも復職させずにいたところ、遂にはセンターの嘱託産業医を相手方とする訴訟が提起された、という経過です。

このケースでは、被告は人事労務問題のプロであるはずの社会保険労務士の団体等であり、心療内科を専門とする嘱託産業医も代理人弁護士もいる、という体制のもとで、事態は沈静化せず、悪化しました。

以前であれば、実際には、退職勧奨や解雇で終わっていた問題なのかもしれませんが、今は、ハラスメントなどとして事件化してしまいます。では、どうすれば良かったのでしょうか。

そうした課題の解決のため、法令・判例情報を素材として、学際的な学究活動を始めることとしました。

では、産業保健にとって、なぜ法が重要なのでしょうか。主に次の2つが挙げられます。 

  1. 法が領域をリードしている(法が産業保健業務の指針を提供している)こと
  2. 法的紛争が起きやすい(健康という概念が曖昧で多様なため、健康被害などについて、責任の所在が不明確になり易い)こと

 

神奈川SR経営労務センター事件の判決文(労働判例ジャーナルNO44,2015.11)を最初読んだとき、正直驚いた。東京高裁の判決(平成27年8月26日)の中で次のようなことが裁判所の判断として示されていたからだ。

労務管理の専門家でありながら、失敗の経緯及び解決を見いだせない現状に鑑み、SR会長及び幹部の管理能力及び結果責任は看過できず、現状を放置することは適切でない。と結論づけるものであり、これに基づいて、前件訴訟の裁判費用の一部を控訴人らが負担すること、被控訴人が会長職を辞することを提言した。

しかも現在なお、うつ病に罹患し復職時の産業医の判断に関する損害賠償請求の裁判が係争中であるが、当時の経営労務センターの従業員は、10名以下で最初の裁判から現在まで約10年が経過している。

当学会は、現場で起きているメンタル及び精神障害を含む産業保健の諸問題に対して、研究者および現場で問題に取り組んでいる専門家が一堂に会して、問題解決の糸口をつかもうとするこれまでなかった画期的な学会であり、学会の前身である産業保健法学研究会に以前より参加していたこともあり、また、この問題にずっと関心があったので、今回、その真相をつかむべく参加した。

大会は、三柴丈典(近畿大学法学部法律学科教授)大会長のご挨拶に始まり、4会場に分かれ、26のテーマについて、特別講演、教育講演、シンポジウム、ワークショップ、模擬裁判等により活発な議論が展開された。

関心の高かった神奈川SR経営労務センター事件の教訓~どうすればよかったのか、これからどうすべきかのシンポジウム(1)に参加した。なお、ワークショップ(1)社会保険労務士と産業保健スタッフの連携のあり方~働く人の笑顔を作る事例を通して考える社労士のこれからの使命~同時刻開催となったので、後日の配信で拝聴した。

当シンポジウム(1)の演者は、

  • 事件の概要及び判決の要旨 原 俊之(明治大学法学部講師)、
  • 主治医と産業医の連携が必要な理由とは((医)神山 昭男 有楽町桜クリニック院長)、
  • 産業医としてどう対応すべきだったのか?浜口 伝博(産業医科大学 産業衛生教授)、
  • いれば役立つ?心理職 高原龍二(大阪経済大学経営学部教授)、
  • 森 克義(社会保険労務士法人ヒューマン・プライム特定社会保険労務士)

であり、司会は吉田 肇((弁)天満法律事務所 所長、元京都大学法科大学院 客員教授、日本産業保健法学会理事)弁護士の司会の下、各々が専門の立場でご報告され、その後意見交換が行われた。

産業医の立場 独立性と中立性が求められる。主治医との連携が重要(主治医に対して医療情報提供依頼をする等)複職面接時に復職後の労働条件の明示や復職後に必要な能力を提示する。
社労士の立場

元人事労務担当者としての立場で説明。メンタル不調者の復職問題は、個別労働紛争が起きやすいことを十分に認識して、早めに法律の専門家(弁護士、社労士)に相談を行う。
本人と定期的に(月1回程度)体調確認を行い、本人と医療と職場の間の橋を架けることが重要。
人事労務担当者として、本人のために何ができるか、父性と母性の両面での対応が求められる。

心理職の立場 パワハラは再生産される。最初の和解条件に従って、職場改善に取り組んでいれば、職場全体にとって有益であったのでは。
司会者より 労働者の利益は、事業者の利益であり、相反するものではない。
復職面接時、本人が出来ることとできないこと(本人が努力すべきこと)、職場ができることとできないことをオープンにして、お互い納得できるようにすることが重要。

 

そのためには、双方の了解と納得性が求められ、誠実な対話がポイントになる。

今大会、800名を超える参加者のうち、社労士が200名ほど参加されていたとのこと。日々具体的な問題に直面している我々社労士にとって、願ってもない絶好の学ぶ機会であり、連携の大事さを実感できた学会でした。

改めて、日々現場で問題に向き合っている社労士の役割りが再評価され、同時に重要な使命が見いだせたように思われます。発達障害の傾向をもち、うつ病等を罹患している人の仕事との両立支援、職場復帰支援は、現状困難さを伴う問題ですが、今、正に真剣に誠実に取り組むべき課題として浮かび上がっています。

人間は働くことを通じて、その人の本領・真価が発揮され、最上の喜びを産み出すことができるといわれています。誰もが、その最上の喜びと共に最高の笑顔で一日一日を生きられるように、そして、本人が一番悩み苦しんでいる時にその壁を突破できるように、本人に寄り添いながら、また、当事者が持つ目的に向かって関係者がより良い解決を目指し、「誠実な対話と納得」を一つひとつ丁寧に積み重ねていけるか。社労士にとっても、その力量が問われているようにも感じました。

今後、今大会で導き出された教訓・「誠実な対話と納得」をベースに、夫々専門家との連携が進み、具体的な問題が進展し実績が積み重ねられ、一人ひとり誰もが最上の喜びを感じられるようになったらと切に願う次第です。

来年の大会は、2022年9月17日(土)~18日(日)に開催予定です。ぜひご参加ください。

なお、当学会については、一般社団法人日本産業保健法学会のホームページをご覧ください。

以上

前田 康彦